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〒683-0001 鳥取県米子市皆生温泉1-18-1

 

 

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位置
皆生温泉は鳥取県の西端、米子市街地の北東約4kmの日本海沿岸に位置します。
  東には一級河川の日野川が流れ、その背景には別名〝伯耆富士(ほうきふじ)〟とも呼ばれる〝大山(だいせん)〟の雄姿が望まれます。
そして西側は美しく弓形に弧を描き、境港まで延びた白砂青松の弓ヶ浜半島が続き、〝波の音さえ寝てて聞く〟と皆生小唄に歌われる、自然景観に大変富んだ海浜温泉です。
地図
温泉

[泉質]
ナトリウム・カルシウム塩化物泉(含塩化土類食塩泉)で、81℃の高温泉です。

[効能]
きりきず、やけど、慢性皮膚病、慢性婦人病の他神経痛、筋肉痛、関節痛、五十肩、慢性消化器病、冷え症、等々です。

地名の由来
郷土史書「伯耆志(ほうきし)」によれば、天正年間(安土桃山時代1580年代)吉川広家(きっかわひろいえ)氏によって支配されており、その役人によりこの地を海池村(かいけむら)と命名されたとあります。その理由は諸説があるようで、この地に大きな池があり海池と呼ばれていたのでそれを村名にしたとか、海岸沿いに海道があり、海道より望める池として海池と呼ばれた、この横を流れます日野川の河口が流砂によって時には海になったり池となったりする状況から、そう呼ばれたと言うものです。
  海池村が皆生村に改められ統一されたのは幕末の慶応3年と言われています。
地図
昭和49年に弊社「皆生温泉観光株式会社」の50周年を記念して発行しました。温泉の発見と利用

温泉は明治初年、地元の漁師さんにより発見されました。しかし、湧き出ていたのは海中の海の底からでした。そのため当時では利用の術もなく放置されていたようです。

明治33年、やはり漁師さん等により今度は海岸の浅瀬で湧き出ている温泉が発見され、その後は砂浜に穴を掘って利用されましたが、波打ち際の温泉では利用にも限界があったようです。


皆生温泉の本格開発

大正10年(1921年)有本松太郎(ありもとまつたろう)氏により、不毛の海浜の地を拓いて一大温泉郷を開発し、地方発展を図るという遠大な構想の下に
1.温泉の安全地帯として開発と集中配湯
2.広大な都市計画のための、一帯の土地買収と温泉都市の構築
3.当時町であった米子市街からの交通計画
と今から見ても非常に優れたプランのもとに、弊社 皆生温泉土地株式会社(昭和37年皆生温泉観光株式会社へ社名変更)を設立し、温泉郷が街づくられたのが皆生温泉の始まりです。


湯薬師の由来

薬師様は元々皆生海岸に漂着したものと伝えられています。「その昔、稲佐(いなさ)の浜から泡となって流れ出た魂たちが、海岸に流れ着き、新しい身体と心がよみがえり(黄泉(よみ)の国から帰り)皆、生まれ変わったことから、
  当地を〝皆生〟と呼ぶようになった」と言う、先の地名由来よりはるかに夢のある言い伝えもあります。
この薬師様は、大正13年(1924年)、皆生温泉を誕生させた有本松太郎氏により、皆生温泉開発諸事業の一応の完成と、温泉地の発展、無病息災と長寿を願って開発した源泉近くに建立されました。
  温泉の薬師如来ということで、地元では「湯薬師様」として親しまれています。
  建立時は砂浜でしたが、海岸浸食が進み大波浪によるお堂の倒壊他、時代の変遷と共に皆生温泉地内でのを何度か移転を繰り返しながら巡られましたが、建立から84年を経て、本年文字通り「湯薬師様」として弊社当館へ遷座されました。